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連載:未来の旅人 理想の学校は掲げない。人口6,000人の真鶴町で始まる、みんなでつくる公教育

連載:未来の旅人

理想の学校は掲げない。人口6,000人の真鶴町で始まる、みんなでつくる公教育

2026.10.29

    小田原と熱海、二つの観光都市に挟まれて佇む神奈川県真鶴町。この人口約6,000人の小さなまちで、新たな学校づくりが始まっています。

    その旗振り役となっているのが、2026年4月に教育長に就任した岩瀬直樹さんです。学年の枠を超えた探求の学びや、子ども自身がつくり手となる教育で注目を集めた軽井沢風越学園の創立メンバーで、初代校長を務めた人物です。

    真鶴町では2026年8月に「真鶴町育てる教育ビジョン」を発表。2030年には小中一貫・義務教育学校が開校する予定です。

    ところが岩瀬さんは「僕が理想を掲げてはいけないんです」と言います。

    目指すのはどんな学校なのか。そして、子どもも大人も学校づくりの当事者になることで、何が変わるのか。真鶴町で芽吹き始めた、新たな公教育の希望に迫ります。

    小さいまちでも、いい学校はつくれる

    真鶴町は総面積約7.05km2(東西約4.7km、南北約3.7km)の非常にコンパクトなまちです。

    相模湾に小さく突き出た真鶴半島とその付け根に位置します。真鶴町ウェブサイトを参照に編集部で作成。

    平成の大合併の際には単独町政の道を選択したものの、人口減少に歯止めがかからず、2017年には県内で唯一過疎地域に指定されました。小・中学校も統廃合が進み、現在は小学校1校、中学校1校のみ。児童・生徒数は小・中合わせて300人程です。

    写真提供:真鶴町

    2026年8月に発表された「真鶴町育てる教育ビジョン」は、子どもこそが学校のつくり手であると位置づけ、すべての子どもの居場所をつくること、まちと共に育つ学校であること、みんなで学校をつくること、先生のワクワクを支える・大人も最高に楽しくなどが掲げられています。

    2030年には小中学校を統合した、1〜9年生までが学ぶ義務教育学校が開校予定です。「1〜4年生」「5〜7年生」「8〜9年生」の3つのステージに分け、子どもの発達段階を考慮した柔軟なカリキュラムや、まち全体をフィールドとした探究学習などを通じて、子どもたちが他者と関わり合いながら、自らの学びをつくり出す「子どもが真ん中」の教育を目指します。

    岩瀬さんは、もともと真鶴町に縁やゆかりはありませんでした。まちの関係者が風越学園の視察に来たことをきっかけに何度か足を運び、まちの小ささに魅力を感じたと言います。

    「今、全国の小規模自治体では、小中学校の統廃合が進んでいます。僕はそのことに対する危機感を持っていました。学校というシステムは非常に頑健で、先生たちは大きい学校から小さい学校へ異動してきても、それまでのやり方を踏襲しがちです。例えば、児童が3人しかいないのに毎回挙手させたりする。それでは少人数の良さを活かせず、魅力的な教育ができません」。

    校舎(ハード)がどれだけ立派でも、カリキュラムや授業などのソフトが変わらなければ学校は変わらない。「お金もリソースも限られた小規模自治体で、ソフトを大切にした学校づくりはできる」というモデルを示したいと、岩瀬さんは考えていました。

    「大きな自治体なら、きっと僕でなくてもできる。小さなまちだからこそ、僕にしかできないことがあると思ったんです」。

    教育委員会がある真鶴町民センターからも小学校が見えます。

    再び、公教育の改革に乗り出す

    岩瀬さんは埼玉県の公立小学校に、教員として22年間勤めました。当時から、公立学校には子どもが自分らしく幸せに過ごせる場としての可能性を確信していたそうです。

    その後、いい先生を増やしていきたいと、東京学芸大学教職大学院で教員養成・教師教育に携わり、知人からの声掛けで軽井沢風越学園の設立に参画。「風越学園でのチャレンジを触媒として、これからの公教育につなげたい」と、フィールドを再び公立学校へ移しました。

    「でも、真鶴町に来てみたら、教育への関心は思ったほど高くなくて。むしろ、学校建設にかかる巨額の予算を、高齢者福祉や水道インフラ等の整備に回したほうがいいという声も大きかったんです。まちの財政状況を考えれば、それも当然の意見だと思います」。

    「僕のことは、ペリー来航ぐらいに思われていたんじゃないかな(笑)」と岩瀬さん。最初の2カ月間は、ひたすら町民や議員、先生方に会いに行き、信頼の土台づくりから始めました。

    「なぜ教育や学校が大事なのかを話し、小さいまちだからこそ子どもたちの手で学校をつくっていくことができる、それを実現したいと一生懸命伝えました。何より、子どもがいなくなったらまちはなくなる。子どもはまちの未来だから学校づくりに賭けましょう、ちゃんとやりきるので、と。みなさんのいろいろな想いも受け取りながら、どうすれば手をつなげるかを考えていきました」。

    先生が変われば子どもも変わる。学び共創室の重要性

    学校づくりというと子どものことが頭に浮かびます。しかし、子どもが変わっていくには、まずは現場で働く先生へのサポートが不可欠です。

    そこで、まず取り組んだのが「先生を全力で応援する仕組みづくり」でした。6月、先生が安心して新しいことに挑戦できるよう、学び、成長することを支援していく専門チーム「学び共創室」を教育委員会内に立ち上げました。メンバーのうち2名はほぼ毎日学校に足を運び、先生と対話しながら授業づくりに伴走しています。

    「学び共創室」のメンバーとの打ち合わせの様子。
    写真提供:真鶴町

    「学校や教員に専門的な指導・助言を行う指導主事は、小さいまちだと一人しかいないことも珍しくありません。先生を支える制度や仕組みが乏しく、小規模自治体ほどサポート体制が弱いのが現状です。これを解決しないことには、学校も先生も変われないと考えました」。

    先日、岩瀬さんが学校を覗きに行ったら嬉しい出来事があったと言います。

    「ある先生が『子どもたちが学び合うチャレンジを始めたけどなかなか難しいです。でも諦めないでやってみます』と言ってくれました。先生という仕事をする人たちはそもそも、子どもの成長を自分自身の喜びだと感じられる人たちです。先生が変われば、クラスや子どもたちの様子も間違いなく変わる。その変化に出会えば、あとはどんどん動き出してくれると信じています」。

    カードを使いながら、先生たちと“教育ビジョンと仲良くなる”ためのワークショップを実施したそうです。押し付けるものではない、という姿勢はこうした取り組みからも垣間見られます。
    写真提供:真鶴町

    理想のカタチなんて、本当はない

    岩瀬さんの任期は残り2年半。その後も続けたい気持ちはありますが、どうなるかわからない以上、必要なことをしっかり仕組み化していきたいと考えています。

    「焦る気持ちはあります。でも、どう変わっていくかが大事なので、当事者を飛び越えてはダメだと思っています。たとえ時間がかかっても、変化のプロセスに自分たちが関わっているという事実と実感があれば、トップが変わっても文化として残っていくはずです」。

    また、教育長という立場は圧になりやすいからと、岩瀬さんはそのプロセスには極力介入しないようにしています。背景には、風越学園の立ち上げ当初、理想の学校の実現を急ぐあまりマイクロマネジメントに陥り、現場との距離が開いていった苦い経験があります。

    「実際は、自分が思い描いていなかったことも当然起きます。理想のカタチなんて本当はないんだと、そのとき気づかされました。理想とは、お互いが思い描いているものの違いを確認しながら、両方とも幸せになるにはどうしたらいいかを考え、手を動かし続けること。常に動的なプロセスが続いている状態のことなんですよね」。

    冒頭の「理想を、僕が上から押し付けてはいけない」という言葉は、こうした経験から生まれたものです。「真鶴町育てる教育ビジョン」も、まちがこれまで重ねてきた検討や方針を読み込み、編集し直したもの。岩瀬さん自身、「新しいものではない」と位置づけています。

    「教育ビジョンは、だいたいの方向性を示す道しるべではあるけれど、議論しながら毎年変えていけばいいと思っています。幸い真鶴町は、手を伸ばせば誰もが関われる小さなまち。みんなの力でより良いものに育てていけると思います」。

    これからの学校は大人が子どもに何かを与える場所ではなく、子どもを真ん中に置きながら、みんなが共に学び、つくっていく場所になる。真鶴町は、そんな新しい公教育の実現に挑戦しています。

    「僕は学校を、25年後の社会だと思っています。だから、25年後にどんな社会になっていたいかをみんなで全力で想像して、今、ここからつくってみたい。うまくいったりいかなかったりするはずですが、その経験があれば、25年後には自分たちの手でつくりたいという意思を持った人が育っていくはずです。学校はきっと、そういうことのためにあるんじゃないかなと思うんです」。

    PROFILE

    岩瀬直樹

    岩瀬直樹Naoki Iwase

    1970年、北海道生まれ。東京学芸大学大学院教育学研究科修士課程修了。埼玉県の公立小学校教諭を22年間勤め、学習者中心の授業・学級・学校づくりに取り組む。2015年に退職し、東京学芸大学大学院教育学研究科 教育実践創成講座 准教授に就任。教員養成や現職教員の再教育に取り組んだ。2016年12月、一般財団法人軽井沢風越学園設立準備財団の設立に参画し、副理事長に就任。2019年10月、学校法人軽井沢風越学園設立、理事就任。軽井沢風越学園校長および軽井沢風越幼稚園園長を兼任する。2026年3月に同学園を退職し、2026年4月に真鶴町教育長に就任した。

    未来の景色を、ともに

    大和ハウスグループも「生きる歓びを、分かち合える世界」の実現に向け、様々な取り組みを進めていきます。

    大和ハウス工業は、子どもから大人までが楽しく学ぶ「共育活動」や「共創活動」ができる場として、創業者ゆかりの地・奈良にある、みらい価値共創センター「コトクリエ」で、さまざまな取り組みを行っています。

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