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連載:未来の旅人 まち全体をひとつの総合病院に。船橋で始まった、病院起点の地域デザイン

連載:未来の旅人

まち全体をひとつの総合病院に。船橋で始まった、病院起点の地域デザイン

2026.8.30

    病院は、病気になってから行く場所。

    多くの人はそう思っているのではないでしょうか。確かに医療機関は、病気の治療をするところです。一方で、超高齢化と人口減少が進む社会における役割は、もはや「治療」だけにとどまりません。

    東京のベッドタウン・船橋で、“まち全体をひとつの総合病院にする”というユニークな構想を掲げる病院があります。それが、医療法人弘仁会板倉病院です。目指すのは、単なる病院運営ではありません。医療・介護・福祉・コミュニティ支援を一体で支え、自分らしい暮らしを最期まで続けられる地域をつくる——まちづくりまで視野に入れた挑戦です。

    なぜ病院がまちづくりまで? 三代目院長の梶原崇弘さんに伺いました。

    船橋でもっとも古い病院が始めた、地域医療改革

    JR東京駅から約30分、JR船橋駅から徒歩8分のところに板倉病院はあります。

    ちょうど午後の診察が始まった時間帯に訪問すると、高齢者、小さな子どもを連れた母親、学生や外国人など、多種多様な人々が来院していました。徒歩の人も多く、近隣で暮らす方々が日常的に利用していることがわかります。

    1939年に開院し、船橋市でもっとも古い歴史を持ちます。

    地域住民が気軽に受診できる「町医者」の顔を持つ一方で、板倉病院は年間約2,200件の救急搬送を受け入れています。病床あたりの受け入れ件数は全国でも20位以内に入るほど多く、地域でも有数の救急医療を担う病院です。

    クリニックでは対応が難しい患者を受け入れながら、より高度な治療が必要な場合は、高次医療機関へ確実につなぐ。地域医療のハブとしての役割を果たしています。

    院長である梶原さんが10年以上かけて取り組んできたのは、病院を大きくすることではありません。いわば「地域の患者の“流れ”を変えること」でした。

    「目指したのは、当院ですべてを抱え込むことではありません。地域のクリニック、高次医療機関、訪問看護、介護、福祉などをひとつのチームとしてつなぎ、地域全体をひとつの総合病院として機能させること。私たちは、それを『屋根のない総合病院』と呼んでいます」。

    高齢者救急では、搬送される患者の7〜8割が軽症者です。もし、そのすべてが緊急性の高い三次救急(高次医療機関)に集中すれば、現場はすぐに逼迫してしまいます。軽症者は地域のクリニックや板倉病院のような二次救急で診療し、重症者は三次救急が担う。「そうすることで、救える命が増えるんです」と梶原さんは言います。

    板倉病院はまちのクリニックと高度医療センターの“間”を担う二次救急。地域で入院や救急対応が必要な患者を受け入れ、必要に応じて三次救急へつなぐ、地域医療のハブです(画像は編集部が作成)

    さらには、板倉病院は24時間の往診や訪問看護の体制も整えており、退院後は患者が快適に日常生活を送れるような、介護や福祉との連携体制も構築しています。

    患者を適切な医療機関や支援へ振り分けることで、それぞれが本来の役割を果たせる体制を地域全体で築くこと。それが、梶原さんの目指す「屋根のない総合病院」の考え方です。

    すい臓のスペシャリストから、地域医療の道へ

    今でこそ地域医療の向上に力を注ぐ梶原さんの専門は、消化器外科。以前は国立がん研究センターにも勤め、すい臓手術のスペシャリストとして知られていました。2009年のすい臓がんの手術件数は全国トップを誇っていました。

    そのまま専門医として外科医の道を極めることもできたはずですが、なぜ家業を継ぎ、地域医療に目を向けることにしたのでしょうか。

    「当時の板倉病院は赤字経営に陥っており、両親から立て直してほしいと相談されたんです。祖父が開業したこの病院は僕で三代目。船橋という地域に育ててもらったし、恩返しをしたいという気持ちもありました」。

    加えて、船橋市の人口は当時約61万人(2026年現在は約65万人)、人口に対して病院の数が圧倒的に足りないエリアだったことも決断を後押ししました。

    船橋駅周辺エリア

    「地域に必要とされていないのに、無理やり跡を継ぐのはエゴでしかありません。本当にこの地域にとって当院が必要なのか、徹底的に地域分析をしたんです」。

    人口や高齢単身世帯の増加傾向などから、このエリアであれば、病院を継続していく意義と経営を立て直せる可能性がある。さらには、「船橋ならではの、地域医療がデザインできる」と、梶原さんはすい臓がんのスペシャリストから地域医療の世界へ飛び込みました。

    「屋根のない総合病院」はどう実現したのか。競争ではなく、連携を

    「屋根のない総合病院」が目指す先は、「その人が、その人の望むところで、その人らしく過ごせる社会」だと梶原さんは言います。病院完結型から地域連携へ、治す医療から「治し・支える医療」へ——。

    しかし、当時は病院同士が連携する仕組みやメリットが十分に整っていませんでした。そこで、梶原さんがまず取り組んだのが、地域の医療機関とのネットワークづくりでした。

    「医療は高度化・専門化が進んでいますが、当院のような中小病院が、高い技術を持った各専門医を何人も抱えるのは現実的ではありません。地域医療を守るには、すべて自分たちでやらず、三次救急や特定機能病院※1など、さまざまな医療機関にどうつなげるかを考えていく必要がありました」。

    ※1 高度な医療の提供や新しい医療技術の開発、医療従事者の研修を行う特別な病院。

    梶原さんは、地域のクリニックとの連携にも本気で取り組みました。そこで始めたのが、CTやMRIなどを備えた画像検査センターの無料開放でした。

    各クリニックの端末から検査予約ができ、撮影した画像や読影レポートも確認できます。通常、検査機器は数千万円から数億円と高額ですが、設備投資や専門スタッフを確保しなくても、高度な画像検査を患者に提供できるようになりました。

    「地域との連携は、何よりも信頼が大事です。目の前の利益より、まずは相手の希望や期待に応えることから始めました。今後、当院のような地域密着型の中小病院が生き残る道は、地域医療におけるハブ機能にあると思っています。つまり在宅療養支援病院※2として機能していくこと。そうすることで、医療・介護・福祉がスムーズに連携し、患者が在宅ケアなのか入院なのか、その人が望む生活を選択できる地域に変わっていきます」。

    梶原さんが跡を継いでまもなく、板倉病院は赤字経営を脱却。こうした地道な働きかけが地域医療の土台や信頼関係をつくり、連携医療機関数は70、提携施設数は41※3にまで増え、現在まで黒字経営を続けています。

    ※2 患者が住み慣れた自宅で安心して過ごせるよう、24時間の往診や訪問看護の体制を整え、病状急変時にはスムーズに入院を受け入れるなど、在宅医療を支える200床未満の病院。
    ※3 機能強化型連携医療機関:12機関、提携医療機関:58機関、提携施設(特養・老健・有料老人ホーム):41機関(2026年8月時点)

    病院で「お酒の飲み方教室」を開催

    さらに、梶原さんは医療の軸に閉じず、住民と病院とのタッチポイントを増やすために、地域住民向けのユニークな企画も展開していきました。

    例えば、健康的なお酒の飲み方をレクチャーする「お酒の飲み方教室」は、病院でお酒を飲むという意外性も手伝ってか、大人気に。「ラテアート講座」や子ども向けの「メディカル体験」などの人気企画も誕生しました。手術室で電気メスを使って鶏肉を切る体験はあまりにも人気で、近隣5校の小学校に募集を限定するほどでした。

    医療法人弘仁会板倉病院

    「普段から病院に来てもらう機会をつくると、病院へ行くハードルが下がり、病気や健康の話をすることにも抵抗がなくなるんです。若い世代が高齢の家族に受診を勧めることもあります。実際に、住民向けの取り組みを始めてから健診の受診者数は約3倍になりました。健診を定期的に受けてもらえれば、病気の早期発見・治療につながり、住民の健康寿命を延ばすことになるんです」。

    「船橋には、何代も船橋にいるという方と移住者の方がいますが、前者は医療や健康に対する興味が薄い傾向があり、後者はコミュニティがありません。こうした取り組みによって、両者に必要な場も提供できています」と話します。写真提供:医療法人弘仁会板倉病院

    船橋に文化をつくりたい。健康寿命をまっとうできるエリアに

    人を治す医者から、人がより良く過ごせるまちをデザインしていく医者に。一見畑違いのことのように思えますが、やっていることは同じだと言います。

    「外科手術と地域医療に共通しているのは、今ある課題を真剣に見る癖が重要なことです。すい臓の手術をする時は、前日に患者さんのデータを確認して、細かい血管の位置まで全部頭に入れた上で臨みます。だから手が速く動かせるんですね。地域医療も考え方は同じ。ただ、地域医療のほうがよっぽど大変かもしれません。あの人にはああ言わなきゃいけない、事前にこうやって根回しをして……と、都度考えないといけない要素が山ほどありますから」。

    課題を見つけて、病院からまちの治し方を考えていく。梶原さんは、大きなやりがいを感じています。

    「やると決めた以上は極め切りたいですね。本当は『病院』という名前もやめたいんです。健康の健で『板倉健院』にしたい。そうすると、健康寿命を延ばす、すなわち健康をつくることも医療の役割になる感じがしませんか。高齢者が健康になっていきいき暮らす地域をつくっていけば、高齢者の多さは負のものではなくなるはず。その仮説をどう証明していくかを、これからしっかり実践していきたいです」。

    梶原さんは「僕がつくろうとしているのは文化なんです」と続けます。

    「理想は、船橋という地域が“安心して健康寿命をまっとうできるエリア”だというブランドになること。板倉病院もあることで、わざわざここに引っ越してくる人がいるくらい、安心して暮らせるまちにしていくというのが、目指すゴールですね」。

    PROFILE

    梶原崇弘

    梶原崇弘Takahiro Kajiwara

    医療法人弘仁会板倉病院 理事長兼院長。2000年日本大学医学部医学科卒。同年同大学医学部消化器外科入局。国立がん研究センター中央病院肝胆膵外科、日本大学医学部消化器外科などを経て、2012年に院長に就任。以後、地域密着型の中小病院のあり方や実現可能な地域包括ケアシステムの構築に軸を移し、より良い地域医療を追求している。2019年から理事長を兼任。日本大学医学部消化器外科臨床准教授。医学博士、日本外科学会外科専門医、日本在宅療養支援病院連絡協議会副会長、日本病院会病院経営管理士。

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