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Sustainable Journeyは、
2024年3月にリニューアルしました。
連載:未来の旅人
2026.6.29
「農業は衰退産業だ」と言われて久しいです。ですが、静岡県浜松市に約30年間をかけてじっくりと成長し、売上高を10倍に伸ばした農業法人があります。しかも、その成長を支えたのは、障がいのある人たちとの協働でした。
障がいのある人や高齢者など、多様な人が農業分野で活躍する「ユニバーサル農業」の発祥企業といわれ、今や韓国・台湾・インドからも視察者が訪れる「京丸園」。同社代表である鈴木厚志さんは、「私が優しいからとか、福祉に手厚いからとかではありません。ビジネスとして彼らと組むことに価値がある」と話します。
13代、300年以上続くこの農園は、なぜユニバーサル農業の先駆けとして存在感を示しながら、事業の成長も実現できたのでしょうか。
静岡県浜松市。この地で13代、300年以上にわたって農業を営んできた「京丸園」のビニールハウスに足を踏み入れると、整然と並んだ水耕栽培の棚が目に飛び込んできます。
育てているのは、芽ねぎやミニ青梗菜といった葉物野菜です。鈴木さんが「魅せる野菜」と呼ぶように、料理に彩りと表情を与える、お皿の上の名脇役たちです。
京丸園の主力商品である芽ねぎ「姫ねぎ」は、寿司店を中心に支持を集め、全国シェア約7割を誇っています。芽ねぎの特徴は栽培期間が短く、年間20回転という高回転生産が可能な反面、丁寧な手作業が欠かせない点に難しさがあります。
種の部分をカットし、それでも残るものはピンセットで一つひとつ取ります。綺麗にした芽ねぎを一日約1万パック出荷します。
「うちの農園では1.3haの施設に約110人が作業に従事しています。県内の同程度の規模の畑を持つ農業法人だと20〜30名程度が一般的なので、相当多いですよね」。
それでも京丸園が110人もの人を雇用するのは、時代が向かう省力化・機械化とは真逆の方向──人手が必要な農業を“あえて”選んでいるからです。しかも110人のうち約30人は、障がいのある人たちです。
ミニ青梗菜の出荷の様子。
「障がいを持った人たちが入ってくれたことで、場の雰囲気が良くなり、作業量がぐっと上がりました。おいおい、すごくないかと」。鈴木さんはそう振り返ります。始まりは、約30年前。農業の前提を疑うところから始まりました。
鈴木さんが就農したのは1984年。バブル景気直前の好景気の最中、京丸園ではいくら求人を出しても人材は集まりませんでした。申し込んでくるのは、杖や歩行器が必要な超高齢者ばかり。就農から数年経ち、鈴木さんが30歳になった頃、母親に連れられて片脚麻痺と知的障がいのある子が訪れました。
「障がいを持った人たちに農業は無理だと思っていたので、最初はお断りしました。それでも、お母さんが『お給料はいらないから、働かせてください』って必死に言うんです。当時の私は、仕事はお金を稼ぐためにするものだと、当然のように思っていましたから、意味が分かりませんでした」。
福祉施設に勤める知人にその話をすると、就労ができないと福祉施設で“面倒を見てもらう”立場になること、それが働く環境に身を置くこととはまったく違うという話を聞かされます。さらに、知人からはこんな言葉が返ってきました。
「そのお母さんは、障がいを持って生まれてきたわが子にも、きっと誰かの役に立てる場所があると信じて、断られるとわかっていながらも企業を回り続けてるんだよ、と。こんなに真剣に『働くこと』を考えている人たちがいるんだと、衝撃でした」。
鈴木さんはまず、1週間の農作業研修としてその子を受け入れることにしました。「うまく馴染めるだろうか」「現場は嫌がらないだろうか」。そんな心配とは裏腹に、大きな変化が生まれます。
足の悪いその子が後ろを通ろうとすると、椅子を引いて通路を広げる。何かを取ろうとすると、さっと手を貸したり声をかける。たったそれだけのことが、職場の雰囲気をがらりと変えました。
「農業は手作業なので、場の雰囲気が仕事のペースに影響するんです。現場の雰囲気が良くなって、作業効率が上がったのを見た時は本当に驚きました。障がいを持った人たちの個人の能力は、健常者の半分か3分の1かもしれない。でも、その人がいることで職場全体の効率や収益が上がるなら、それでいい。会社は団体戦で勝てばいいんです」。
彼らを巻き込み働きやすい環境を整えることで、小さくても強く優しい組織がつくれるかもしれない──。彼らのためであると同時に、自社の生き残りを信じ、鈴木さんは年に一人ずつ、障がいのある人を雇用していくことを決めました。
障がいのある人たちを受け入れると決めたものの、農業の現場には大きな壁がありました。
農業の常識では、種まきから育苗、定植(苗を植える作業)、栽培、収穫、販売まで、すべてを一人でこなせて初めて「一人前の農家」とされます。「種まきからやってもらわないと困る」と思っていた鈴木さんに、福祉事業所のスタッフはこう言いました。
「そんな難しいこと、できるわけないじゃないですか。責任取れませんよ」。
福祉の世界では、作業を細かく分解してできる人がその部分を担うという発想です。さらに、決定的な気づきをもたらしたのは、特別支援学校の先生の一言でした。
「あなたは、作業指示ひとつ出せないじゃないですか」。
「ちょっと水かけといて」「大体こんな感じで綺麗にしといて」。しかし、「ちょっと」の基準がない。「綺麗に」の定義がない。それまで当たり前に使っていた言葉が抽象的で、相手に正確に伝わらないものだったと鈴木さんは気がつきます。
「作業指示が出せないというのは、人に仕事を頼めない、技術を人に伝えられないということ。だから農業は後継者が育たないし衰退するんですよ、と言われて。農業のことをまったく知らない人に、これまでの農業の弱点に気付かされました」。
そこで鈴木さんが取り組んだのは、農業の作業を徹底的に細分化することでした。種まきや育苗はプロの種苗業者に外注し、京丸園では苗の定植から始められる農業にする。一つひとつの作業指示を明確にする。そうすることで、障がいのある人たちが責任を持って担える仕事が生まれました。
今ではミニ青梗菜は一日2.5万株ほど定植しています。
この発想に確信を与えたのが、障がい者雇用を始めて10年ほど経った頃に訪れたオランダでの体験です。農業大国オランダで、障がい者が100人働いて利益を上げている農園があるという話を聞きつけ、鈴木さんは現地へ飛びました。
農園のマネジャーは思わせぶりに鈴木さんにこう話します。
「自分が来る前、この農場は赤字だった。でも自分が来てから黒字になった。その秘密を知りたくないか」。
マネジャーが変えたのは、つくるものでも、働く人でもなく「戦い方」でした。赤字だった頃、その農場では他の農家と同じように大型の観葉植物をつくり、同じ市場に出していました。しかし品質では健常者のプロ農家に敵わず、いつも2番手、3番手。当然、利益は出ません。
そこで他の農家が「人手を減らして1個あたりの単価を上げたい」と大型化を目指す中、自分たちには200本の手がある。ならば、あえて小さくして数で勝負すればいいと、大型の観葉植物をミニサイズに変えたのです。
さらに、複数のミニ観葉植物を組み合わせてクリスマスツリーをつくり、ザ・リッツ・カールトンに営業をかけました。「福祉農園の植物がリッツ・カールトンのフロントを飾っている」という評判が広がり、黒字に転じていきます。
「障がいを持った人たちはそもそも差別化されているのに、なぜわざわざ健常者に寄せて同じ市場で戦わせる道を選ぶんだ。そうじゃない、“戦わない戦略”なんだと言われ、『これだ!』と思いましたね」。
大きな青梗菜をミニ青梗菜に、大きな三つ葉をミニ三つ葉に。芽ねぎも含め、京丸園の野菜をすべて「ミニシリーズ」に転換しました。ミニ青梗菜はしゃぶしゃぶやフレンチの付け合わせに、ミニ三つ葉はサラダ食材として、それぞれ本来の料理のジャンルとは異なる分野で売れていきました。
栽培期間は短くなり、年間20回転となると人手が必要になっていく。こうして他の農家が誰も追いかけてこない市場を、30年かけて育ててきたのです。
オランダ視察を機にゼロから生産を始めたのが、ミニ青梗菜でした。浜松市は青梗菜の生産量・出荷量が全国一位。同じサイズのものだと競合になるところを、ミニにしたことで“戦わず”に生産量や売上を増やしていけました。根元をカットすれば出荷できるため、作業も難しくないと言います。
「ユニバーサル農業というのは、福祉でも慈善でもない。純粋な企業戦略なんです。最も差別化できるポイントは、障がいを持った人たちにある。その人たちが最大限に能力を発揮できるような仕組みと商品をデザインすれば、そもそも差別化された商品ができあがる。彼らと組むと儲かる、組織が強くなる——そう言えなければ、広がらないと思っていました」。
鈴木さんが家業を継いだ頃、京丸園の年間売上は約6,000万円でした。それが30年後の今、売上は6億円に達しています。人数も売上も、ちょうど10倍になりました。
「障がい者雇用はリスクだ」という声は今も根強くあります。しかし鈴木さんは、「障がい者雇用を理由に会社が潰れたという事例を、いくら調べても見つけられなかった。それは思い込みではないか」と指摘します。
多様な人たちが組織に入ることで、コミュニケーションや気遣いが生まれ、職場の雰囲気が変わり、生産性の向上につながる。そして彼らに合わせて働く環境を整えることで多様な人が働きやすい“強い企業”になっていく。鈴木さんはその仕組みを研究論文としてまとめ、農業界への普及を目指しています。
「SDGsとかダイバーシティとか、聞こえはいい。でも、それをやると儲かるんだよ、利益が出るんだよ、となればみんなやると思うんです」。
ビジネスとして成立することを証明すること。それが、農業界全体を変えるための、鈴木さんの戦略です。
「障がいのある人たちを採用するのは、決して私が優しいからとかではなくて。彼らを入り口に、誰もが働きやすい農業をつくりたかった。そのためには彼らの力が必要だったんです。みんなで安心して、健康に働き、稼げる。農業はオートメーション化やシステム化がされていない、“周回遅れ”と言われる産業です。だからこそ、新しくデザインができるんじゃないかと思っています」。

京丸園株式会社 代表取締役。静岡県浜松市生まれ。約300年間続く農家の13代目。障がいのある人たちとの協働を通じた「ユニバーサル農業」を実践・研究し、約30年かけて売上・従業員数ともに10倍の成長を実現。浜松市ユニバーサル農業研究会の中心メンバーとして、農業界への普及活動にも取り組む。韓国・台湾・インドなど海外からの視察も多数受け入れている。
大和ハウスグループも「生きる歓びを、分かち合える世界」の実現に向け、様々な取り組みを進めていきます。

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