PREコラム
戦略的な地域活性化の取り組み(27)都市における新しい用途地域「田園住居地域」の可能性
公開日:2020/07/30
都市部においても、独自の創意工夫による農業を展開し、代々続く農地を守っている事例は少なくありません。一方で、営農者の高齢化、担い手不足によって営農を断念する農家も多数あります。その要因の一つとして、都市農業に課せられたさまざまな規制によって、経営の多様性が失われている現実もあると考えられます。 そこで今回は、近年の都市農業に対する規制の緩和、特に新設された「田園住居地域」に着目して、今後の都市農地保全の可能性について考えてみます。
「田園住居地域」創設への期待
2016年の都市農業振興基本計画の閣議決定、2017年の都市緑地法等の一部改正を受けて、2018年には都市計画法・建築基準法の一部が改正されました。そこで、新しい用途地域として、住宅と農地が混在し、両者が調和して良好な居住環境と営農環境を形成している地域を、あるべき市街地像として都市計画に位置付け、開発・建築規制を通じてその実現を図ることを目的に、「田園住居地域」が創設されました。「田園住居地域」の用途規制は、これまでの「低層住居専用地域」と同様ですが、農地を含む地域が指定されることを想定して、農業用施設の建築規制が緩和され、以下のような施設の設置が可能となりました。
- ①500m2以内の農業の利便増進に必要なもの:農産物直売所、農家レストラン、自 家販売用の加工所 等
- ②農産物の生産、集荷、処理又は貯蔵に供するもの:温室、集出荷施設、米麦乾燥施設、貯蔵施設 等
- ③農産物の生産資材の貯蔵に供するもの:農機具収納施設 等
現状では、指定を受けた地域事例が少ないため実態はこれからですが、「田園住居地域」は生産緑地周辺に低層住居専用地域が広がる都市周辺部の区域となることが想定されます。そうした地域は、商業施設や娯楽施設の建築・営業が規制されており、閑静ではありますが、買い物や食事といった生活の利便性は良いとはいえません。そこに自営であるかに関わらず農家レストランや販売所が設置され、地域住民の支持を得られれば、地域全体の付加価値が向上するような土地活用方法が生まれるのではないでしょうか。
法改正以前における都市農業の多角化事例
東京都練馬区の第一種低層住居専用地域に、300年以上続く140aの生産緑地があります。約1.2km四方ですから、都心としては大きな農園です。この農園では、季節の野菜や果実を栽培し、主に都内のスーパーやコンビニ、直売所、飲食店に直販しています。農業に従事しているのは営農者夫妻ですが、周辺住民や近隣の学校と連携して農業体験事業に取り組むことで、農作業の負担軽減につながっているといいます。また、農地内には不定期に営業する仮設の直販所を設置していますが、常設の販売所や農家レストランは生産緑地内にも第一種低層住居専用地域にも設置できないため、隣接する第一種中高層住居専用地域に不動産を取得し、店舗を開設したい事業者を誘致し賃貸することで、農作物の販売先を確保しつつ不動産収入を得る多角的な経営を行っています。結果的に、農業所得に匹敵する不動産所得が確保され、住宅地の中で生産緑地が共存する環境が保全されています。
生産緑地と農業経営の多角化
生産緑地の8割が指定解除を迎える2022年には、都市部の多くの営農者が離農し宅地化することで、都市農地が激減し、都市部の緑地環境が悪化するのではないかと懸念されており、国としても、生産緑地の指定延長措置や施設の建築規制緩和等について法改正を行い、都市農業の保全環境を整備しています。しかし一方で、農林水産省の「平成30年経営形態別経営統計(個別経営)」によれば、2018年の全国平均農地面積は約3ha弱、営農者当たりの農業粗収益は626万円、農業経営費は452万円で、農業所得は174万円となっています。都市農業においては、全国平均より生産性は高いといわれていますが、これを見ると、やはり営農者の多角経営による所得の増加を図るような土地活用を考えなければ、営農者が将来的に農業を継続し農地の保全するのは難しいのではないかと思います。一連の生産緑地や都市緑地の法改正、用途地域の新設は、2022年の生産緑地の大量指定解除を回避するとともに、規制緩和によって都市農業の経営環境を整備することで、農業経営の多角化により収益確保を促進する基盤整備の取組として、評価できるのではないでしょうか。
しばしば、都市農業の保全か、不動産開発による宅地化かの二択で考えてしまいますが、「田園住居地域」の新設により、農地を含めた地域不動産開発、農業を主体とした周辺住環境の多様な再整備の可能性が広がったといえます。前述の東京都練馬区の取り組みを先進事例として捉えると、新制度下の今後は、地域開発者あるいは営農者双方からのアプローチにより、都市農業を特色とした地域の新たな産業開発事例が増えてくるのではないかと考えられます。それによって、都市農業と宅地開発が対立するのではなく、農地と宅地が連続的に地域内で融合することで、都市部田園地域の環境がさらに良好になり、地域そのものの資産価値向上につながるような取り組みを期待したいと思います。