秋葉淳一のトークセッション 第2回 会社、業界の垣根を越えて、物流の未来を共につくっていく花王株式会社 チーフデータサイエンティスト 田坂 晃一 × 株式会社フレームワークス 会長 秋葉淳一
公開日:2023/11/30
新しいことへのチャレンジが人を育てる
秋葉:最初に田坂さんが描いたビジョンがあったからこそ、うまくいったと思いますが、2019年に田坂さんが今回の倉庫のビジョンをつくられた時、どのような発想でそこを目指したのでしょうか。何か参考にされたものはあったのですか。
田坂:参考にしたものは正直なかったですね。ただ、経済産業省に出向していた時にいろいろな経験をさせていただいたというのはあると思います。秋葉さんと知り合ったこともあります。そこで思ったのが、経営者の人たちは皆ビジョン志向を持っているということです。花王に帰ってからも、ビジョンをつくるためにいろいろな人に話を聞きました。工場のメンバーにやりたいことを聞くと、工場から物流までの自動化をしたい、ロボットを入れたいなどいろいろ出てくるので、そういった意見を聞いて、吸収して、絵を描きました。
今まで仕事の中で、物流と生産は違うという意識を持っていたのですが、いろいろな人と対話をすることでヒントを得ながら、サプライチェーン全体の視点の中で絵をつくっていきました。ロジスティクスの責任者、豊橋工場の工場長などにも話をして、何が必要なのかを集めた結果だと思います。対話をしたこと、サプライチェーンについてよく知識を得たこと、ビジョン志向という3つがうまく組み合わさることで、絵をつくることができました。経験と周りとの対話のおかげです。
秋葉:うらやましい環境です。
田坂:そうですね。こうした外の世界でつながった・得た情報や知見と花王が今まで社内で頑張っていた技術を組み合わせると大きな変化が生まれます。フレームワークスさんやアンシェルさんの優秀なエンジニアとも、花王のエンジニアは対等に話せる能力を持っているので、その視野をもう少し広げることによって、より高いレベルのエンジニアや高度物流人材になるようなメンバーが育っていくと思っています。あとはさらなる機会を与えればできると思います。
秋葉:高度物流人材という定義に照らし合わせたところであまり意味はないと思いますが、私たちもそうだし、実際にそうなり得る可能性のある人たちが、自然とお互いに刺激し合うような環境が大事です。それには机上でやっていてもだめで、このようなプロジェクトが非常に効果的です。いろいろなことがあっても、最終的にギブアップすることなくやり切れば、最後は必ず「よくやった」という答えになります。経験した人たちが「やって良かった」と皆に伝えて、それでまた皆が新しいチャレンジ、プロジェクトに参加したいと思えるような環境にすること、「やらなきゃよかった」とならないようにすることが私たちの役目です。
田坂:次の人が「プロジェクトメンバーになればこういうふうになれるんだ」というロールモデルをつくらないといけません。やってよかった、やったことによってこんなに成長できた、視野が広がったとメンバーに思ってもらうことが大事だと、私も思ってきました。
一例ですが、私は建築が分からなかったので、「本当にそれは必要なの?」「何で今この規定でやっているの?」「それはいつつくられた規定で、自分はどう思っているの?」とひたすら言い続けました。「これはルールだから」と決められた中では次のステップに行けません。枠を外すのもひとつの仕事です。「枠を外すと話が変わってくるよね。そこの視点は持ってね。そうじゃないとこのプロジェクトはたぶん成功しないよ」と言ってきました。
面倒な打ち合わせには必ず参加し、担当者に任せきりにせず、私から話すようにしました。そのうちメンバーも分かってきて、リーダー像ができていきます。そして自分がリーダーになった時にはそれができるようになっている。もちろん私も失敗していますが、その失敗も含めてオープンにしていたので、いろいろ勉強や反省もでき、良い意味で尖った部分が生まれたのかなと思っています。尖っているところときちんとバランスを取るところ、両方を持たないといけないとも感じました。物流の人材は机上の知識を知っているだけではなかなか動けないので、尖る部分とリードする部分でいかに成長する人が増えるかを最近は考えるようにしています。
秋葉:新たなチャレンジは、人の成長に欠かせませんが、「尖る部分とリードする部分」というのは、その通りだと思います。
田坂:私は現在、物流拠点の効率化、倉庫や配送の管理方法を見直すプロジェクト等のアドバイザーもしているのですが、プロジェクトのマネジメント能力を十分に発揮できる環境と人材を育てないといけないと感じています。プロジェクトマネジメントができる人材がもっと増えれば、企画力、実行力が発揮できるので、花王のロジスティクス、サプライチェーンがより高度になると思っています。これまでエンジニアは求められていましたが、プランナーはあまり必要とされていなかったかもしれませんが、ここはきっちりつくらないといけないと思っています。
秋葉:一つひとつを切り取ると最新ではありませんが、その組み合わせと複数商品を積み合わせてなおかつ生産性も上げるという意味では、全体観としてチャレンジですよね。メンバーのマネジメントという意味でもかなり意識されたのではないですか。
田坂:豊橋のプロジェクトではマネジメントには注力しましたが、メンバーに恵まれました。メンバーは若手中心で、ほとんどが30代前半と20代で構成されていました。彼らが建築からマテハン設備からシステムから積極的にやってくれました。また、ベテランやシニアの方がうまく若手をサポート、教育してくれたのも大きかった。先ほどお話ししたような、「チャレンジしたいのだけどさせてもらえない」ということがないように心掛けました。「秋葉さんからこんな提案があるけどどうかな」と言えば、「それは面白そうですね」「これをやったほうがいいんじゃないですか」とアイデアがどんどん出てきます。ベテランの意見をうまく取り入れ、若手のモチベーションをうまく高めることができたので、最初のチャレンジでプロアクティブに行動できるチームになっていきました。
フレームワークスさんやアンシェルさん、各社の皆さんも我々の提案やチャレンジに積極的に取り組んでいただきました。最初の苦労はありましたが、高いハードルを乗り越えたことで、メンバーの成長の機会にもなったと思います。われわれはよく「SCM部門でワンチームになろう」と言っているのですが、それは花王だけでなく、プロジェクト関係者がワンチームになった結果、いろんなトラブルはありましたが、想像以上にうまくいったと思っています。
秋葉:ビジョンを示しながら、チャレンジできる余地は残す。マネージャーの役割は本当に大きいですね。
田坂:「ハードルが高い、これを言ってもできないかもしれない」と思うと、若手のメンバーがチャレンジできなくなってしまいます。そこのバランスはうまく考えないといけないし、われわれマネージャー世代が真ん中にいて一番生きのいい人たちが動かないといけないと思いました。人材育成をもっとやらないと、将来DXをやろうにも、トップは言っているけど下は動けていないというギャップは解消されないでしょう。ここはけっこう大きな問題なので、ミドルマネジメントの世代をいかに育成させるかも大事だと思っています。
現場の改善は蓄積していくことでできるのですが、次のステップに一気に上げようとした時、ビジョンは描けないし、描いても何かぼやけてしまって、それを実行するロードマップも引けないとなりがちです。最近はいろいろな技術があって、他社とタッグを組んでやらないといけないのに、タッグの組み方が分からないので任せきりになるというのにも陥りがちです。
今回のプロジェクトでも、「なぜできないのですか?やれる方法をもっと考えませんか?」という話をしました。なので、要求レベルを落とすことはひとつもしていないと思います。できない言い訳をするのではなく、それをどうするのかという議論をする。チャレンジをするフィールドをつくり、後を断って前をどう向かせるかを私なりにマネジメントしながら一緒にやらせていただきました。
自分たちだけが使うという仕組みからの脱却
秋葉:田坂さんとは、経済産業省資源エネルギー庁の公募事業(令和3年度「AI・IoT等を活用した更なる輸送効率化推進事業」)の「自動運転フォークリフトを利用した物流拠点およびトラック消費エネルギー削減実証事業」でもご一緒させていただいています。これはCO2の削減が主題ですが、無人のフォークリフトやスワップボディを導入するなど、できる限り自動化・効率化をしました。自動化すると計画通りいくようになります。言い方を変えると、計画ありきで流すということです。人が介在すると、計画通りではないことがたくさん起こってきます。また、計画通りいくためには、各自がバッファを持つことでどうしてもトラックの待機時間などの問題が出る可能性があります。スワップボディを使うとドライバーの仕事と非同期にできるので、ものを動かすのがスムーズになり、使うエネルギーも減らせるはずです。ボラティリティーがあるから無駄なエネルギーを使うし、人も必要になるわけです。無人のフォークリフトの積み卸しは世界でもありませんよね。
田坂:難しいですが、やれそうなところまできました。
秋葉:実際にフォークリフトを使っているところをいろいろな人に見てほしいですね。この事業は、メーカーとして花王さん、物流事業者としてロジスティードさん、小売業としてイオングローバルSCMさん、フォークリフトは豊田自動織機さん、共通システムは大和ハウス工業(グループ企業のモノプラスが開発を担当)で、ある意味サプライチェーンのひとつのかたちとして、業界ナンバーワンの会社さんばかりを集めていただきました。取り組みの内容自体もそうですが、このような企業が集まってそういうことに取り組んでいるということ自体が、世の中に対して良い影響を与えると思っています。
田坂:ここでうまく使えたら、ほかに展開しやすいようにしたいですね。いろいろなニーズを踏まえて実現化して、共通システムを皆で使う仕組みになれば、それこそロボットフレンドリーになると思います。われわれだけが使えればいいという仕組みは考えていません。代表例としてこれくらいのニーズはあるよね、安全はこれくらい考えないといけないよね、そういう話ができていると思います。
秋葉:ほぼ同じメンバーがRRI(ロボット革命・産業IoT イニシアティブ協議会)※の物流倉庫テクニカルコミッティー(TC)に入っていて、物流倉庫に自動化設備、省人化設備を入れるために、ロボットや省人化機器が動かしやすい環境をどうやってつくるかという議論をしています。段ボールケースの圧着強化をどうするか等いろいろありますよね。
- ※「ロボット新戦略」(2015年2月10日 日本経済再生本部決定)に基づき、同戦略に掲げられた「ロボット革命」を推進するために、民間主導で設立された組織的プラットフォーム
田坂:段ボールは非常に面白いテーマですね。花王はメーカーで商品の設計から物流までやっているので、いかにメーカーとしてできるか、私もいろいろと意見を言わせてもらっています。最近ではメーカーが物流のために包装の仕様を変えるという取り組みを他社でも聞くことはありますが、花王は昔からそこにも取り組んできました。例えば、T11型パレットにきっちり詰んで、2段積みをして、積載率をマックスにしていたのを、段ボールケースの高さを少し変えたらもう1段積めることが分かり、仕様を変えました。TCR(花王のコスト削減・業務革新活動)として、私が入社した頃からずっと続いている活動です。今までトラックを積載率のことだけを考えていたのを、今度は「ロボットが使えるようにするためにはどうするか」という視点を追加していく。世の中の必要な視点は変わっていくので、その視点を踏まえるようにする。花王はロボットでハンドリングできない段ボール荷姿はほぼないですが、世の中には壊れやすい商品や重い商品もあるので、今後の仕様では広く効率的にロボットが使用できる環境にしていきたいと思っています。
秋葉:いろいろな立場の人がいるから面白いですよね。段ボールの話も、小売業からすると、パートの方が開けやすい段ボールにしてほしいという要望があり、メーカーはそれに応える形で開けやすい段ボールにします。しかし、その中間の物流ではどういうものがいいか、という議論はあまりされないわけです。人間は壊れないように扱いますが、ロボットになると、開けやすさが壊れる原因になることもあります。そういったことをメーカーだけ、小売業だけで議論していると解決しないのですが、皆が揃ってくれると解決します。数字データも出しますしね。
田坂:物流倉庫テクニカルコミッティーは良い座組になっていますよね。言いたいことを言える感じです。WMS(倉庫管理システム)の標準化に関するシステム詳細部分など、コメントするのが難しいネタもありますが、思ったことは素直にお伝えするようにしています。
秋葉:そういうネタが上がってくるような場がそもそもなかったので、議論にならなくても、ネタが上がっていろいろな業界の人たちが認識することが重要です。いろいろな活動があって、私たちは物流倉庫にフォーカスしていますが、例えば施設だとロボットと通信できるようなエレベーターの通信仕様を決めたり、食品だとお弁当の惣菜を詰めるロボットを開発したりしています。エレベーターと通信するロボットを物流や小売業の中で使えませんか、お弁当を詰めるロボットのマニピュレーターを物流でも使えませんかというように、横のつながりもできてきます。そうすると業界を跨いでいくのですごく面白いですね。
田坂:さまざまな業界の課題・アプローチは花王の課題や参考にもなる部分でもあると思うので、われわれのフィールドも使ってもらって、解決に向かって進めることができればいいと思っています。